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Madagascar Railways:ミシュラン製の”ネコバス型”レールバス
Morocco-Train1:警備員に捕まった話
African Train2:ウガンダ・ルワンダ編
African Train4:ザンビア・ジンバブエ編
African Train Tip:豆知識
African Train1:アフリカの鉄道あれこれ
African Train3:ブルンジ・タンザニア編
African Train5:アフリカ東部/南部の蒸気機関車
Madagascar Railways:ミシュラン製の”ネコバス型”レールバス
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20061116/1163688640
Title:マダガスカルを走るフランス・ミシュラン製の”ネコバス型”レールバス
Date:2006-11-16


今月初めまでマダガスカルに行っていました
かつてフランスの植民地であったこと。西アフリカでは珍しくないんですが、サハラ以南だとこことモザンビークぐらいでしょうか。そんなこともあって、とにかく飯が旨い。ちょっとしたレストランに行くと洗練された分厚いビーフステーキ(ゼブ牛)が食べれるんです。しかも、2ドル(450円)ぐらいで。市場だと庶民向けの食事もすることができます。茶碗一杯ぐらいのそれなりの味のモノでも30円ぐらい。パンなんかもうまいですね。
そんなフランス風の色合いは鉄道にも見受けられます。
他の途上国と同様、鉄道輸送の斜陽化は進み、旅客営業をしているのは150kmぐらいなのですが、その拠点となるフィアナランツアに行ってみると、世界にでもここだけというレールバス(気動車)がありました。
これはフランス製なのですが、製造元はタイヤと料理店格付けで有名なミシュラン。しかも5軸配置でゴムタイヤで動く……という奇妙奇天烈な珍車でした。
トトロのネコバスを彷彿させるイカれたデザイン
この気動車というかレールバス。いやフランス製造だから、オートレールとでも言うのだろうか。なんだかデザイン的にモニョモニョなんですよね。先頭はボンネットになっているんですが、なんか鉄道車両らしくない。どちらかというとバス、いや「となりのトトロ」に出てきたネコバスに似ているんですよね。
でも、お尻の方は丸みを帯びた真ん丸なんです。なんだか妙に愛嬌がある。運転台が片方だけ、すなわち蒸気機関車のように一方向にしか進めず、車庫で必ず方向転換をしなければならない。これは駆動装置が前側台車(これもなぜだか3軸)にしか付いていないからなんでしょうが、なんて非合理な設計なんでしょうか。
少なくとも日本の鉄道車両の延長線にはない形状であり、正直かっこわるい。10年前に、南米のボリビア(ラパス〜アリカ)で乗ったドイツ製のレールバスFerrobusなんかと比べてもダサダサなんですよね。
なんてのは失礼な印象だったのかな思っていたら、写真家の杉崎行恭さんもご自身のブログhttp://sugizaki.o-line.co.jp/archives/001533.html:TITLE=「SUGIZAKI@FLAG STATION 杉崎行恭の写真アーカイヴ」で同じようなことを言っていました。06.11.15の日記で50年代のフランス製気動車(AUTO RAIL)の写真をアップされているんですが、やっぱりデザイン的にはあまりセンスが良くない。これはお国柄なのかな。
ゴムタイヤ製の気動車が現役なのは世界でここだけ?
マダガスカル中部の都市であるフィアナランツアの車庫にいた”ネコバス型”レールバスは1両のみでした。鉄道職員と身振り手振りのフランス語で会話したところによると、ここにいるのは1両のみ。とりあえず今でもなんとか稼働しているらしいんですが、週に5往復、フィアナランツアとマナカラを結ぶ運行されている旅客列車(貨客併結のの混合列車)には充当としておらず、年に数回特別列車として動いている模様です。
私の愛読書(最新 世界の鉄道, 作者: 海外鉄道技術協力協会,ジャーツ=,JARTS=, 発売日: 2005/07/01)に、この車両に関する話が載っていました。
このゴムタイヤ気動車はミシュランの創始者が開発したとのことで、1932年頃からフランスやマダガスカルで運行を始めたそうです。鉄道車両の鉄車輪特有の揺れをゴム車輪で防ごうとしたとのこと。でも、保守の面から長続きしなかったようで、今ではマダガスカルにしか残っていないようです。


この本に掲載されているタイプは1952年製らしいのですが、こちらよりはまともなデザイン。しかも、運行されていたのは首都アンタタナリボと島東岸の港町トアマシナを結ぶ路線であり、ちなみにここでは列車の運行は取りやめられている。休止線になっているんで、車両は稼働していないんです。
というと、このミシュランのマークを誇らしげに掲げている”ネコバス型”レールバスって、動いている世界唯一のゴムタイヤ気動車になるんでしょうか。
そう考えると、なんだか愛おしくなります。ああ、せめて目の前で動いている姿を見せてくれれば……と思うのですが、しばらくは運行する予定はないとのことでした。
ちなみに車内を覗いてみると、座席は3席×10列になっているのですが、シートはなんと籐製のヤツを使っているんです。東南アジアなんかにある竹細工っぽいラタンによるものなのでしょうか。床面に固定されていないと言うのがなんとかかんとも。微妙な設計です。
あとで国立公園をまわっていたときにガイドから聞いたのですが、植民地時代、フランス人は島に生えている竹をこよなく愛していたようで、わざわざ中国から外来種を輸入して自らのプランテーションで育てたこともあったとか。その名残なのでしょうか。
African Train Tip:豆知識
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20070206/1170771256
Title:アフリカ縦断旅行の豆知識
Date:2007-02-06
2005年秋にアフリカへ旅行
ケニアのナイロビをスタートし、ウガンダ・ルワンダ・ジンバブエなどを経由して南アフリカのケープタウンへ向かったんです。行程は2ヶ月ちょっと。
キャッシングに関しては、各国の都市部・観光地にある銀行(ルワンダ・ブルンジを除く)にVISAに対応するATMがあった。ジンバブエドルは大幅に値崩れしており、9月下旬に1米ドル=30000Z$だったのが10月半ばには80000〜90000Z$になっていた。宿代・入場料は米ドル払いを求めるところがほとんど。鉄道運賃もこの10月に5倍の値上げがあった。
ケニアやウガンダの動物保護区や国立公園
穴場はナクル湖。秋はフラミンゴが大量に飛来する時期で、湖面や上空がピンク色に染まっていた。
ラム島
ケニア北東のビーチ。あの自分探し3級の旅行者、中田英寿も訪れたという。リゾート地ではあるのだが、イスラム的要素も残っていて、利便性と土着性の両方を楽しめる
ルワンダ
(アフリカのスイスと言われる山並みは魅力的。それと、例の虐殺絡みの記念館。キガリとギゴンゴロにある)
ザンジバル
(日本人には「ガンダム」でお馴染みの名前。イスラムとブラックとが融合した独特の雰囲気が漂っている。迷路のように道が入り組んでいるストーンタウンは特におすすめ。あと、夕方以降、市場や海岸沿いに何十軒ものの屋台が建ち並ぶ。そこで売られるタコやツナ、エビなどの燻製がめちゃくちゃうまい。)
ビクトリアフォールズ
(バンジージャンプやラフティング、ライオンお触りツアー、ヘリコプターなどなどアクティビティーが豊富。ここがアフリカで一番面白い!……と白人パッカーたちは口を揃えていた。ただ、日本人パッカーはカネがもったいないからかあまり参加しようとしないんだよね。とりあえずここでの活動のために最低200ドルはセーブしておきたい)
ジンバブエの蒸気機関車
(アフリカでSLが走っているのは、こことケニア、南ア、ザンビアの4カ国。ただ、団体列車専用で運転本数は年に数回と極端に少ない。定期的に動いているのは、ジンバブエのブラワヨ駅周辺と南アのナイズナーのみ。アフリカの植民地鉄道の象徴とも言えるガーラット式の大型テンダ蒸気機関車が今でも現役で稼働している。鉄道マニア以外も是非…..と薦めているんだけど、みんな知らないんだよね)
Morocco-Train1:警備員に捕まった話
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20070623/1182609313
Title:モロッコの二階建て電車を撮っていて警備員に捕まった話。
Date:2007-06-23
モロッコの鉄道って意外に立派なんです。
アフリカの鉄道と言ったら、日本や欧米よりレベルの低い車両や設備しかないんじゃないか……と思われる人が多いのではないでしょうか。実際、東アフリカや南部アフリカだと、貨客とも自動車輸送に食われて列車は週に2、3本しか走っていない。運休しているところも少なくない。レールも車両も整備をしていないからガタガタ。おまけに治安も……って感じのところばかりでした。鉄道王国と思っていた南アフリカにしても、中長距離の旅客輸送は壊滅的な打撃を食らって運転本数は激減していました。
ところが、モロッコは違います。20世紀初頭に宗主国だったフランスによって整備された鉄道路線は独立後も丁寧にメンテナンスされていき、新車の導入も積極的に行われています。1993年にはカサブランカと空港を結ぶ高速急行電車が運行されるようになりました。客車も電車も当然のように全車冷房車。コンパトーメントはそれなりにキレイに保たれていますし、クッションも柔らかで座り心地がいい。地元の中上流階層はもちろん、欧州からの個人旅行者たちも積極的に利用していました。ちなみに、機関車の主力は、日本の日立製の電気機関車です(下の写真)。機関士たちは「へたひ」と呼んでいました

タイや中国、トルコあたりの鉄道より遙かにレベルは高い。と言うか、部分的には時速160km/hを超えて走っている区間もあったわけで、その点では日本の在来線特急をも上回っていたわけです。「鉄道ジャーナル 2007年 08月号 [雑誌]」には、マラケシュ付近で300km/h走行可能な高速新線を作っている旨の記事もありました。
私が海外に行く目的は”鉄道の撮影”ではありません。あくまでも町歩きや観光名所を楽しみたいのです。でも、やっぱ鉄道が好きな人間の一人な訳で、せめて少しでも多くの列車に乗りたい。今回の旅で乗ったのは1200kmほど。モロッコで旅客営業している路線の8割を踏破した計算になります。
モロッコの古都フェスで観光用電車を撮影していると……
旅の6日目にはカサブランカからアルジェリア国境に近いウジダという街まで夜行列車に乗りました。現在、同国で2系統にしか連結されていない寝台車に乗りたかったからです。でも、砂漠の真ん中にできた何の特色もない近代都市には何の用事もありません。7:00ジャストに到着したその足で改札口に向かい、7:15発の1等車の切符をフェスまで購入。「うん? 本当に今日のでいいのか。お前は何しにウジダに来たんだ」と不思議がられました。ここに来た意味は特にない。ただ乗りつぶしのためにやってきんだと説明しても永遠に理解してもらえないでしょう。
この列車、客車は他の列車と同様、かなり小綺麗なんですが、電気機関車の次位に付いている荷物車は台枠とステップが木造なんです。おお、珍しい。嬉しそうにパチャパチャ撮っていると、機関士から「早く戻れ」とジェスチャー。発車の時刻が迫っているようです。

そこから、砂漠とオアシスの街を車窓から眺めながら5時間ほど揺られて、定刻12:35にフェス駅に到着します(この国、ほとんどの列車が定時で走っていました)。
ここからカサブランカ、マラケシュに至る582kmはモロッコ国鉄の軸となる幹線でして、全線電化され、一部で160km/h運転もなされています。この間を旅客列車が2時間間隔で行き来しているのですが、複線区間は半分ぐらいで停車駅が多いにも関わらず、表定速度は80km/h近くに達しています。
ここは国鉄線の拠点駅になっているんで、いろんな機関車、列車が停まっています。とりあえず乗ってきた列車のディーゼル機関車が交換されるシーンを撮影。そして入換機、発車待ちの電気機関車。
一番気になるのは、1番線に停まっている電車です。オレンジ色の二階建て。まだペンキの匂いがしそうな雰囲気です。地味な塗色の客車列車と比べればその派手さは際だっています。駅でもらった冊子型の時刻表にイラストがあったので存在は知っていたのですが、そのインパクトに圧倒されました。モロッコにもこんな電車が投入されているのか……
とりあえず、ホームに立っていた国鉄職員に「撮影していいのか?」と手振りで確認。オーケーをもらったので、撮影にとりかかりました。銘板を見ると2006年とある。去年入ったばかりなのか……(10月から投入されたとか)
7枚ぐらい撮っていたでしょうか。なんか、変な男がこちらに近づいてくる。なにかフランス語と英語をちゃんぽんした言葉で喋りかけてくる。20歳代後半ぐらいの若い男。何を言っているんだ? 撮るなってか。外国人に因縁を付けてカネをむしり取ろうという類のヤツか。さっき、おたくの職員さんが撮ってもイイよと言っていたのに……
まあ、いいじゃん、と。英語で説明するのですが、向こうはフランス語しか喋れない。制服を見ていると国鉄職員でも警官でも軍人でもない。でも、オレが責任者だみたいなことを言っている。こいつ、一体何者??
でも、やたらと、しつこいんです。なんか英語とフランス語をまぜこぜにした言葉で「許可書を出せ」みたいなことを言っている。おい、なんか変だよ。さっきまで私と談笑していた職員さんに助け船を出そうと顔を向けるのですが、なぜかみんな目を背けてしまう。やばい、風向きが変わった。
とにかく、責任者である駅長のいる部屋に向かうのだけど、あいにく不在。この分からず屋と話さねばならないのか……
フェス駅の控え室で30分の必至の交渉
さて、途上国に行くと、この手の鉄道を撮影する是非の問題が必ず絡んできます。特に、隣国と政治的軍事的緊張がある地域では。イランとか、カメラを構えたら確実に捕まりそうな国もある。そんなわけで、一応、私は、駅構内にいる職員に確認を取ってから撮影することにしています。で、フェス駅でも、さっきの職員は快諾してくれたはずなのに。あれ?
今ではかなりウェートが低くなってはいるものの、やはり鉄道というのは軍事輸送の要となっているのは事実でして、しかも鉄道についてある程度知識がある人間なら、様々な施設を観察することで、だいたいの輸送力を推測することができます。たとえば、機関車の牽引力、単線区間の交換設備の距離間隔、交換設備の有効長、レールの状態、勾配や曲線の状態などの情報なんかですね。ちょうど、2日前に、マラケシュの宿で半藤一利の「ノモンハンの夏 (文春文庫)」を読んでいたのですが、ノモンハン事件勃発前夜、モスクワから満州へ帰ってきたソ連在住の武官がシベリア鉄道の輸送状況を観察して、前線へ向かうソ連軍の規模が予想以上に大きいことを報告した(でも、採用されずに日本軍はボロ負けした)というエピソードがあったのを思い出しました。
モロッコはアラブの国ではかなり治安がイイはず。軍事関係の施設を除けば撮影って自由じゃないの。てか、ガイドブックにもネットにも鉄道車両の写真はたくさん載っている。カサブランカやマラケシュでは私だけじゃなくて他の観光客も撮影していたぞ。今朝、アルジェリア国境に近いウジダでも文句は言われなかったのに。
後から考えると、例の「9.11」以降、この国も神経質になっているのかなあとは想像できます。カサブランカや首都ラバトでも小規模なテロがあったと聞きました。隣国アルジェリアは不安定だし、モロッコが実行支配している西サハラについては、国連などから独立を認めるよう勧告が出ている。最近、鉄道撮影を認めちゃならぬというお達しが中央から来たのかもしれない。現場の連中はフランクなんだけど、それをがんじがらめに実行しようとする者もいる。で、今日、この駅でその対象となったのが私。
でも、この警備員っぽい男。なにか勘違いしているんですね。私が朝10時から2時間以上にわたって駅構内で撮影していた、と。お前の姿をズーッと私は見張っていた。観光客じゃない。これはけしからん。
イヤ違う。オレは12:35着の列車で来たばかりだ。まだこの駅に着いて20分も経っていない。と、切符を見せると、一瞬、気まずそうな顔をする彼。ただの勘違いなのか。さっさと解放してくれよ。オレはただの観光客だ。鉄道マニアであって、撮影していたのはあくまでも趣味のためだ。貴国の鉄道は素晴らしいし、そのシステムに敬意を表している。もちろん政治的背景は何もない。
一生懸命説明するんですが、彼も引き下がれないのですかね。ついにデジカメのメモリカードを取り上げられそうになりました。
仕方がない。なんとか身振り手振りで交渉して、モロッコで撮った鉄道関係の写真を抹消することで妥協してもらう。もうヤケクソです。
1枚目に彼を見せたのは……関西空港を走るウイングシャトル(新交通システム)の画像です。「それを消せ」と彼は命令するんで、「よーく見ろ。これは日本の鉄道だ。モロッコのじゃない」と言うのだけど、無表情のまま。あれ、ジョークを理解してくれないのか。残念。
で、彼の命令通り、二階建て電車の画像を5、6枚消したときですかね。後ろから年配の国鉄職員が現れました。この人が駅長らしい。警備員はなにか状況報告をしているのですが、それを途中で遮り、私に握手を求めてきました。「ウエルカム、フェス」と。そして、にこやかに「ノープロブレム」と。これで無罪放免です。
アラビア語で感謝の意を示した後、改札へ向かいました。そこには先ほどの警備員氏が。ニヤッとしながら「次、来たときは撮影させてくれよ」と声をかけると、こちらから目をそらしながら、許可書がどうのこうのとブツブツぼやいています。時計を見ると、13:15。こいつに捕まってから30分が経過していました。
結局、フェスで撮った写真のうち、二階建て電車の画像は全て消させられました。でも、一週間後に、メクネスからカサブランカまでこの電車に乗車したのですが、そこでは撮影していても何も問題はなかった。そもそも、この電車の写真を国鉄の宣伝ポスターで使っているのに、なぜにそこまで規制しようとしたのか……と思わないわけでもないのですが、それはまた別の話。
African Train1:アフリカの鉄道あれこれ
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20071025/1193323328
Title:10分で分かるアフリカの鉄道あれこれ
Date:2007-10-25
アフリカ11ヶ国に渡航していました。このうち、鉄道がないルワンダ・ブルンジ、貨物しか運航していないウガンダをのぞく8ヶ国で鉄道に乗ってきました。
2005年9〜11月 ケニア・タンザニア・ザンビア・ジンバブエ・ボツワナ・南アフリカ
2006年10月 マダガスカル
2007年6月 モロッコ
やはり他の途上国などと同様、アフリカ各国でも旅客輸送の主役は鉄道から自動車交通に移っていました。道路事情の悪いタンザニア、ヨーロッパ大陸に近く都市化しているモロッコを除けば、鉄道で移動しようと言う人はかなり希であり、各国とも主要幹線でも1日1往復の運転すら確保できていない。貨物輸送も同様で、あの南アフリカですらも幹線上ではあまり貨物列車を見かけませんでした。鉱山のある貨物専用線などをのぞけばかなりウェートが落ちているようです。
その理由は、アフリカ各国が独立した後、きちんと鉄道施設や車両の整備がなされていないからです。植民地時代は旧宗主国であるイギリスやフランスがそこらの施設に資金を投じて維持してくれていたし、独立前後の60年代には新型のDLも導入していた。ところが、それから30年、40年が経過したけど、新たに新車を入れるカネがなくなった。部品もないし、整備もしないし、だから、稼働できる機関車は、書類上の在籍車両数と比べてかなり少なくなっています。施設を改良することもなくレールはボロボロ。職員の意識が低いのか定時運行もままならず、旅客も貨物もトラックや乗り合いバスに奪われてしまう。赤字は止まらず、減便、投資抑制を続けることでさらに利用者は逃げていく。
そんなこともあって、ザンビア国鉄線でまともに動くDLは10両あるかないかとのことで、週に3本の旅客列車ですら運転が難しい。私が首都であるルサカ駅に行った時も「状態の良い数少ない機関車が故障したので、今日の運転は中止」とのことでした。ジンバブエもそこらは同様で、休止していた蒸気機関車を2006年から復活させてDLの穴埋めに使っていた。タンザニア国鉄は、最重要幹線のうち、最大の都市ダルエスサラーム〜首都ドドマ間を2006年から全線休止してしまい、今では東部のローカル区間で細々と稼働させているだけ。ウガンダに至っては2000年から旅客輸送を全廃させてしまっています。
さて、以降は、アフリカで乗った鉄道についての報告です。
<ケニア>
▽モンバサ→ナイロビ 530km(2等寝台)
※”Jambo Kenya Deluxe”(モンバサ・エクスプレス)で週に4本運転。外国人団体客の利用も多く、寝台車・食堂車ともそれなりにしっかりとした造りの客車であった。この区間の途中には、あの悪名高き”人食いライオン”が行き交っていた場所がある。イギリスによって鉄道建設がなされた100年前、その建設現場に人喰いライオンが出現し、何十人ものの労働者が喰い殺されてしまった……なんて逸話を聞いた方も多いと思う。現在、動物保護区となってサファリー観光客が行き交うツァボ国立公園の付近である。

▽ナイロビ→キスム 398km(2等寝台)
※ケニア第五の都市と結ぶ列車”Port Florence Express”で、モンバサ線に次ぐランクの列車なのだけど、こちらの利用は現地人ばかり。列車はボロボロで車内の電気が点かず、陽が落ちると真っ暗になって怖かった……
▽キスム→Mihoroni 50km(SL牽引チャーター列車便乗)
※上記列車でキスム駅に着いたら、ちょうど3020号というSLがホームで煙を上げていた。イギリスの鉄道マニアグループがチャーターした列車で、フォトラン用にキスムから3日ほどかけてナイロビまで走らせるということだった。こういうSL牽引列車は年に2〜3回運転されているとのこと。旅行会社や鉄道のスタッフに誘われて、近くの都市まで便乗させてもらった。肝心のマニアさんたちはクルマで移動しているんで、乗客は僕と現地旅行会社のスタッフ3名のみ。紅茶をごちそうになりながら鉄道趣味談義に花を咲かすことができた。Mihoroniという駅まで連れて行ってもらって、あとは僕もタクシー借りて何カ所かで撮影した……のだけど、その画像は一枚も手元に残っていません(T_T) →後述
<ウガンダ>
2000年より旅客列車の運行は停止中。貨物列車は首都カンパラを拠点として一部で動いている。
<タンザニア>
Tanzania Railways http://www.trctz.com/default.htm
Tanzania Zambia Railways(TAZARA鉄道) http://www.tazara.co.tz/
▽キゴマ→ダルエスサラーム 1256km(1等寝台→2等寝台)
※当時はダルエスサラーム〜キゴマ・ムワンザ間で週に3本運転されていた。ブルンジ国境に近いキゴマから乗ろうとしたが、指定席が2週間先まで取れないという超満席状態。駅長さんに頼み込んだけど裏ルート用の予備席もないらしい。そこで途中のタボラ駅まで飛び込み乗車。ここで併結されるムワンザからやってくる編成の空きベッドを車掌に売ってもらって事なきを得た。線路も車両もかなり傷んでいてダイヤは混乱していて、列車は14時間遅れでダルエスサラームに到着。これは常態化していた。そんなこともあって2006年からダルエスサラーム〜ドドマ間という最重要区間で運休している。線路の整備をしているという話だっけど……??
▽ザンジバル島内にある廃線跡巡り
※60年代にわずか1週間だけ国連に加盟していた独立国、ザンジバルの島に鉄道の廃線跡がある。第2次世界大戦のころまで運転していたらしい。橋とか路盤がまだ残っていました。
▽ダルエスサラーム→ナコンデ969km(1等寝台)
※中国支援で建設された鉄道で、タンザニアとザンビア共同出資の会社が運営。通称「タザラ鉄道」。中国の鉄道っぽい雰囲気が漂う(毛沢東の肖像もある……)ダルエスサラームの拠点である”タザラ駅”はタンザニア国鉄駅とは別の場所にあります。こちらの整備状態はかなり良好でダイヤ通りに運転していました。乗車率はほぼ100%だし、食堂車のサービスなんかも良かった。ただ、北朝鮮製の毛布にダニがいたようで、翌朝、体のあちこちが噛まれていました(^^;)
アフリカ縦断の旅(その2 ブルンジ・タンザニア編)
<ザンビア>
▽ナコンデ→カプリ・モプシ 888km(1等寝台)
※タザラ鉄道のザンビア側。Newカプリ・ムポシ駅と首都ルサカの間は連絡バスが頻発運転。ルサカ駅の近くにタザラ鉄道の事務所があって予約もできます。
▽ルサカ→リビングストーン
※週に3回運転と言うことですが、当日の突然の運休により未乗車。かなり整備状態が悪いようですが、旅客列車はたまに動いているそうです。代わりに乗ったバスの車内でデジカメを盗られた……ゆえにケニアのナイロビ以降、タンザニアやウガンダ、タザラ鉄道の画像が一枚もない
<ジンバブエ>
▽ビクトリアフォールズ→ブラワヨ 472km(1等寝台)
※戦前製の木造寝台客車。あまりにもレトロすぎて感激しました。ブラワヨ駅の裏手の機関庫側に鉄道博物館があって十数台のロコが保存中。その一部が入替蒸気として復活しています。ちなみに、500km近くの距離があるにもかかわせず、寝台夜行1等車の運賃はわずか5ドル(600円)。インフレ&闇レートの関係でこんなに安くなっていたのですが、あまりにも異常に安い値段です。乗車前月に運賃が5倍にアップしたからこの値段なったわけで、それまではわずか1ドル(120円)で乗車できたとのこと。スゲー
現在、国内第2の都市ブラワヨを拠点に、首都ハラレ、ビクトリアフォールズへ夜行列車が毎日運転……という触れ込みですが、僕が行ったときは週に1〜2本は運休しているという話でした。

<ボツワナ>
▽フランシスタウン→ハボロネ 436km(1等寝台)
※一時期、日本より国債の評価が高いというので有名になった国。冷房付き寝台はかなり立派でした。この区間に昼行の3等列車が1往復、夜行の1・2等が1往復。僕は夜行の方に乗ってみましたが意外に利用者は多かったです。
<南アフリカ>
南アフリカの鉄道運営会社Spoornet http://www.spoornet.co.za/SpoornetWebContentSAP/html/index.htm
▽ヨハネスブルク→イーストロンドン 1100km(1等寝台)
※中国製の新型寝台客車が投入されていたけどガラガラ。もう南アフリカの長距離旅客輸送はダメダメですね。高速バスもさほど本数がなさそうですし、中長距離移動はマイカーor飛行機利用にシフトしてしまった。イーストロンドンではメトロにも乗ってみましたが、区間&降りた駅名が分かりません。
▽ナイズナー→wildness 53km(Cho-tjoe train DL牽引)
※2日前のブログで書いたように2005年の災害で不通になっていて、SL牽引ではなくDL牽引になっていました。現地の駅に行ったとき初めてそのことを知り、今回の旅の最大の楽しみにしていたこともあって、かなりガッカリさせられました。だってそのためにわざわざナイロビから鉄道を使って南下してきたのに……。それでも観光客はたくさん乗っていてなかなか楽しい旅でした。現在のCho-tjoe train(ちゅーちゅーとれいん)についてはhttp://www.onlinesources.co.za/chootjoe/history.htmのHPを参照。ジョージで週に3回、SL運転を始めたようです。
▽ケープタウン→ヨハネスブルク 1530km(1等寝台)
※南アフリカ最大の幹線でしたが、この区間はイーストロンドン行き以上にガラガラ。僕の乗車する2日前(2005.10.26)に、あの「ブルートレイン」がディールフォンテーン駅(南ア中央部)で衝突事故を起こして運転助士が死亡。ツアーで参加していた日本人の男女2人を含む256人が重軽傷を負い、客車もかなり潰れてしまった。現地の新聞、そして当日の乗客の間ではかなり話題になっていました。
▽ヨハネスブルク→Isanda(空港の最寄り駅) 約20km
※いわゆるメトロ。ヨハネスの治安の悪さを象徴する、かなりデンジャランスな列車ということでしたが、意外に安全でした。ロングシート4扉の各車にライフルを持った警備員が4〜5人乗っていたからなんですが……。でもヨハネスの中央駅付近はかなり怖ろしかったですよ。そもそもアフリカ最大の都市なのに道路を歩く人がほとんどいない。「リアル北斗の拳」、「世界三狂危険都市」と呼ばれるだけある。
現地の新聞を見ると、2010年のサッカーワールドカップ南アフリカ大会にあわせて中国製の新型電車を入れるとか言う話になっていました。
<マダガスカル>
http://www.fce-madagascar.com/index_eng.htm
▽フィアナランツィア〜マナカラ 163km(1等)
※これを乗ったのは2006年秋。マダガスカルでも首都近くでは旅客扱いが停止されており、営業している区間はここだけだった。かなり景色もいいんでオススメ。バナナを満載した貨客混合列車で、道中でザリガニを喰ったり愉快な体験をたくさんしました。1等が2両編成になっていてこれは事実上外国人観光客専用列車となっていました。


<モロッコ>
▽カサブランカ空港〜カサブランカ・ボヤージ(Voyagerous) 約30km(1等)
※空港とカサブランカ市街地を結ぶ急行電車で行きも帰りも乗車。1時間ヘッドで運転され、部分的に120km/hぐらいで走っていてかなり早い。1等だとシートも柔らかだし、もちろん冷房付き。ここまで挙げた他のアフリカの鉄道とは雲泥の差がある。
▽カサブランカ〜マラケシュ 257km(1等)
▽マラケシュ〜カサブランカ 257km(2等)
※日本の日立製の電気機関車が牽引。砂漠の中を最高120km/hで力走し、途中のオアシス上の都市を結びながら、世界遺産の都市へと連絡。ほぼ満席状態で、1等(6人コンパートメント)だとヨーロッパ系観光客がと地元客が半々ぐらい。2等(8人コンパートメント)もほぼ満員。ちなみに1等料金は2等の5割増。
▽カサブランカ〜ウジダOujda 579km(1等寝台)
※夜行列車に乗りたかったので、特に用もないけどアルジェリア国境に近いウジダまで行ってみました。この都市は特に見るべきものはないらしいので、このモロッコ最東端の終点駅にいたのは15分のみでした。列車が21:30に発車するとすぐに減光してしまい夜景が楽しめなかったのが残念。ちなみに4人のコンパートメントの中に、20代ぐらいの女性が一人いました。イスラムにしては珍しい。しかも異教徒である僕の目の前でいきなり….(以下略)
▽ウジダ〜フェス 354km(1等)
▽フェス〜メクネス 56km(2等)
※ほとんど砂漠のど真ん中を走るだけでしたが意外に景色は変化に富んでいて楽しめた。フェズ駅で鉄道車両を撮っていたら警備員に捕まってカメラを取り上げられそうになったけど、駅長さんの配慮で解放された。
モロッコの二階建て電車を撮っていて警備員に捕まった話。
▽タンジェ〜メクネス 261km(2等)
▽メクネス〜カサブランカ 269km(1等)
※スペインとジブラルタル海峡を挟んで近接しているタンジェからメクネスに戻り、このメクネスからモロッコ国鉄の誇る最新鋭2階建て特急電車に乗車する。一部の区間では160km/hで走っているのだが、かなり揺れは激しかった。1等に乗ったのにリクライニングも回転もせずに座り心地が良くないというのが残念。


African Train2:ウガンダ・ルワンダ編
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20070223/1172217186
Title:アフリカ縦断の旅(その1 ウガンダ・ルワンダ編)
Date:2007-02-23
アフリカでヒッチハイクする際、外人も地元民もカネを取られます。同区間を走るバスやピックアップトラックと同程度。また、ミニバスやタクシーブルースなどトヨタのハイエース風のバンを使う乗り物は、通常、15人とか22人とか定員が全部埋まるまで発車を待っている。これで2〜4時間待たされるのもたびたび。
ウガンダ <1$=1800sh(少額1700)>
※ウガンダの首都カンパラ、及び東部・南部の治安は比較的安全だが、ケニアと接している北部地域は極度に混乱している。2005年上半期に3万人が虐殺。イギリス人旅行者など欧州からの旅行者が何人か死んでおり、単独での渡航は避けた方がいい。
☆カンパラ
・ABC guesthouse シングル11000sh(Hシャワー共同 周辺のGHもほぼ同額)。日が暮れると宿の裏手に屋台が立ち並ぶ。この街の中心街では夜の移動も基本的には安全。22時ぐらいまで地元民で賑わっている。
・ネットカフェは1時間1500shが相場。ただやたらと重い上に停電多発。
・世界遺産カスビへはニュータクシーパークよりミニバス500sh頻発。カスビヒル入場料3000sh。中身はそれなり。
☆フォートポータル(FP)
山岳部の小都市。その周囲の景色はスイスを彷彿させる絶景。
・カンパラのタクシーパークよりミニバスで11000Sh(4.5h ただ客待ちで2時間ほど待たされた)
・FPのタクシーパークより500mほど丘を登った交差点付近にGHは点在。Visitours Lodge、シングル10000sh(Hシャワー共同 隣のcontinental hotelも同額)。new linda lodge ツイン8000sh。
・カバレ行きバスはcontinental hotel近くのバス事務所より7:00発。15000sh。カンパラ行きもここより1日3本運転。
・カセセ行きはタクシーパークより2時間に1本程度、4000sh。カバレ行きも経由する。
☆セムリキ国立公園&ピグミー村
・フォートポータルタクシーパークよりbundibugyo行きピックアップトラックが2時間に1本程度運転(午後にはミニバスもあり)。5000sh。2h。軽トラの荷台に20人以上詰込み。
・トラックに1時間半ほど乗って峠を越えると、眼下に大樹海、ジャングルが一望できる。ここからの風景はオススメ。
・ピグミー村に行くなら、セムリキ公園(入園料20$/日)入口から2kmほどいったntadi村で下車(小さな売店あり)。ここから1.5kmいったところにピグミー人の村あり(人口75人)。写真撮影料30000shを要求→3000shにまで交渉。かなり観光ズレしている。かなり微妙な雰囲気。14時を過ぎるとクルマは全く通らず帰れなくなった。16:30頃にようやくトラックをヒッチ。5000shを要求
☆キバレ国立公園
・チンパンジーのトレッキングで欧米人に人気。
・フォートポータルの市場付近より2〜3時間に1本程度運行。3000sh(ヒッチも同額)
・事務所併設のキャンプ場 バンガロー30000sh 木の上バンガロー40000sh(共にツイン)
・入園料20ドル、ネイチャーウオーキング5ドル(2〜3時間の歩き)
・チンパンジートレッキング 8:00発・14:00発の二回。50ドル(入園料別)。定員18名。午前の部は3〜4日先まで予約でいっぱい。午後の部は飛び込みでも大丈夫と思う。チンパンジーに会える確率は午前午後あわせて90%とのこと。私は午後でも見れた。チンパンジーのボスの名前はモブツ。キバレのすぐお隣のザイールで、その残虐性でアフリカを恐怖させた独裁者、モブツ前大統領が元ネタなのは言うまでもない。現大統領からとったカビラと言うサルもいるようだが、あまり人気がない。チンパンジーはたまに小サルを食したりもするらしい。
☆クイーンエリザベス公園
・ウガンダ西部最大の国立公園。
・入園料15ドル、サファリーボート毎日4本、10〜20ドル(乗客数によって前後)。安い割には、ゾウやカバ、フラミンゴなども見られるのでオススメ。サファリーカー パジェロ4WD100ドル(4時間 ガイド込み)で事務所で申込。私は他の旅行者と非4WD車をチャーターした(50ドル)がオフロードに入れず大失敗。
・カセセより公園まで車チャーター60000sh。カセセ〜katunguruは日に数本(7:00、14:30ころに運行?) 2000sh。katunguruから公園までタクシーかヒッチハイク(10000〜15000sh)。
・宿は、公園の中にあるホテルでシングル7000sh、ツイン15000sh。
☆カバレ
・ウガンダからルワンダへ行く国境の街。あまり治安は良くないらしい。標高2000mにあって意外に寒い。ゴリラを観察するトレッキングもここの近くから出る。日帰りで320ドル、定員8人。カンパラの国立公園オフィスで要予約。
・フォートポータルからカセセ・katunguru経由での直通バスは7:00発。15000sh
・カセセから7:00発(katunguruから7:50発)のムバララ行きミニバスあり 5000sh。ムバララからカバレまでバス・ミニバスとも頻発 4000sh
・VISITOURS HOTEL 5000sh。ほかにも8000shから各ホテルあり。
・カバレVISITOURS HOTEL隣よりキガリ直通のミニバスは5000sh。ルワンダ国境までは2000sh(セダン相乗り)。ルワンダ国境〜首都のキガリ(NYABUGOGO)はミニバスで1200〜1500fr
ルワンダ <1$=560fr>
※とりあえず治安は安定しており、国連の文官たちもバスやミニバスで国内を移動している。ただ、首都キガリのホテルは慢性的に不足気味。特に安宿は泊まりにくい。コンゴ民主共和国行きのバスも出ているがそこらは自己責任で(僕は行かなかった)。
☆キガリ
・街は、NYABUGOGバスターミナルのある平地、そして官庁やビルの集まる丘の上にある中心市街地(民間バスのオフィスもここ)の2箇所に分かれている。NYABUGOGOターミナル〜中心市街地はミニバス100fr。
・首都だけあって中心市街地はかなり立派になってきている。ただ、ATMなどは見つからなかった。両替屋ではお札の枚数を誤魔化されることが多い。要チェック。
・キガリ虐殺ミュージアムは、中心街からバイタクで300〜400fr。寄付金制。イギリスのNGOが主催。写真と文字解説が中心で、遺品などの現物はない。それでもかなり衝撃的な展示ばかり。いろんな意味で辛くなる。感想は、ここを参照。英語をしゃべれるガイドあり。
・キガリ〜キブイェ 1200fr 2.5h 2社が2時間毎。中心市街地のキガリ独立広場の北側にあるオカピバス事務所より発車(キブユビーチという看板あり)。途中のGitaramaなどで下車しても値段は同じ。
・同じ場所よりgisenry経由のザイール(コンゴ民主共和国)・ゴマ行きミニバスが15:00ころに発車。一時期、自衛隊が逃げ出したほど治安は混乱していたが、とりあえずビザを持っていれば外国人もこのバスに乗車は可能。ただ、国境で追い返される人もいるらしい。
☆キブイェ
・ルワンダで一番のリゾート地。国道沿いにバス停とバス事務所2社があり。湖のビーチへは徒歩1.5kmほど。風景はイイ感じ。
・Golf GH 10000fr(Hシャワー・バルコニー付)。ビーチ沿いにあってかなり豪華。バス停近くの教会で宿泊することも可能。2000fr〜と言われた。
☆ブタレ
・ブルンジ方面とギゴンゴロへのアクセスポイント
・キガリ〜ブタレ 1100fr 2.5h。各社頻発
・キブイェからはGitaramaで乗換(オカピバス1200fr+ローカル1000fr)
・Motel Gratia 5000fr、Hotel des Beauxarts 4000fr(共にシャワー付)。町のメインストリート南側にあるGS付近にGHが集中。ただし停電・断水頻発
☆ギゴンゴロ
・小さな集落だが1994年に数万人が亡くなったという。ルワンダ大虐殺の象徴的な場所として有名。小学校跡に防腐加工された遺体が保管されている。一時期は数千体あったようだが、現在は300体ほど。
・ブタレのバスターミナル(町の中心部から1kmほど北)からミニバス500sh。町の中心から出るチャンググ行きのバスも経由する。400sh
・国道沿いのバス停から小学校跡まで2.5km。自転車タクで200sh
・小学校跡の入場は寄付金制。記念館でカギを借りてガイド付きで入る。今でも防腐剤などの匂いが凄い。目が痛くなる。写真を撮ってもイイらしいが、そんな勇気はなかった……
・2005年12月オープンを目指して記念館を建設中。キガリのと同系列
African Train3:ブルンジ・タンザニア編
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20070225/1172353583
Title:アフリカ縦断の旅(その2 ブルンジ・タンザニア編)
Date:2007-02-25
今度は、ルワンダの南側に隣接しているサハラ以南アフリカで珍しいイスラム国のブルンジ、そして東アジアでケニアと並ぶ大国になっているタンザニアです。
ルワンダ&ブルンジの治安
道中でなんどか国連関係者にあったが、とりあえずウガンダ南部からルワンダにかけての地域は問題がないそうだ。ブルンジにかんしては北部エリアで活動しているグループがまだ一つあるようだが、たいていの場合は落ち着いているという(道路沿いに500m間隔で兵隊が立っているのには驚かされるが)。国連の文官やNGOの人たちもフツーにYahoo!バスで行き来していた。ただ、状況は刻一刻と変化しているようで、私が通過した数日後にブルンジュラとムバンダで兵隊がゲリラと思われる人たちを射殺する事件もあったようだ。
あと、旧ザイール行きのバスはキガリやブジュンブラから出ており、移動は不可能ではない。ただ、国連の文官や他国から来ている軍の方によると、散発的に外国人を巻き込む誘拐などのトラブルが発生しているらしい。何がおきるのか分からない状態なのでザイール東部に行くのは絶対止めてくれ、とのことでした。
ブルンジ 1$=闇1050fr(国境・マーケット付近)
ここはイスラム国。ラマダンの最中に行ったのですが、陽が落ちた後でも食事をするところの確保が大変でした。意外とフレンドリーな人が多く、3日間のトランジットで行ったのが勿体なかった。
☆ブジュンブラ
・ルワンダ国内からブルンジへ行く直行バスは1日1本。Yahoo!バスがミニバスと中型バスが続行運転。キガリ7:00→ブタレ9:30→国境10:20→ブジュンブラ・マーケット近く14:40。私はブタレから乗ったが、バス会社はブタレ中心部のスーパーマーケットの真向かいにある。ブタレ〜ブジュンブラ2500fr キガリから来る便に途中乗車する形になる。オーバーブッキング気味。乗客20人のうち半数があぶれた。別な場所からミニバスもあるようだが、未確認。
・国境でトランジットビザ3日間有効が即時で発給。国境付近とブジュンブラ中央市場では1ドル=1070frの闇両替可能。市中では1$札が1000frとして使用可能。
・首都としてはかなり寂しい街。中央市場ではそれなりに食料品や生活品は揃う。市場の南側に中級ホテルあるが25ドル以上と高め。市場の西側徒歩10分のところの宿が10ドル。
・町の南側にあるMbwiza地区が安宿街になる。中央市場から徒歩15分、市バスで150fr。ミモザGH 6000fr(Hシャワー・バスタブ共同 オススメ)。サンミッシェルホテル15000fr。Hotel Le Metropoleは5000fr(状態は?)。この地区は食事するところが少ないので注意。
☆ブルンジからタンザニア国境へ
・中央マーケットの西側を南に5分ほど行くとミニバスが集中するl’Enseignementがある。ここを右に曲がりガススタンドに併設されたパン屋がバス会社Buragare Agence de Voyageとなる。ブジュンブラ8:00→Nyamaza Lac10:00→マバンダ(Mabanda)10:30→Makamba、3500fr。これをマバンダで下車し、乗り合いタクシーを乗り継いでタンザニアの国境へ向かう。
・マバンダのバス停から山側に徒歩5分のところにイミグレあり。トランジットビザ所持の場合、入国時にもらったビザ代のレシート提出の必要あり。
・ここからタンザニア国境まで18km。その間、クルマをチャーターする必要あり。一台8000〜10000frが相場。ブジュンブラ発のミニバスから国境を目指す人たちが十数人いたので適当にシェアすればいい。ポリスが賄賂をとろうと近づいてくるので注意(私の運転手はヤラれていました)。国境の手前1kmのところのブルンジ側の事務所でクルマを降ろされ、1kmほど徒歩(ポリスに賄賂を払えば国境まで連れて行く。)。
タンザニア 1$=1100sh(少額1000〜1050)
ケニアと並ぶ東アフリカの観光地。国立公園や世界遺産になっているセレンゲティやンゴロンゴロなどでのサファリーが人気ですが、ケニアであちこち回ったんでここではオミットしてしまいました。アフリカでは珍しく、安価でウマイ飯が食べられる貴重な国です。
☆ブルンジとの国境からキゴマへ
・国境そばにタンザニア側イミグレあり。ビザを発給50ドル。15日間有効のトランジットだと30ドル。ブジュンラからやってきた人たちで意外と混んでいる。
・ムバンダから国境にかけて両替屋は見あたらず。タクシーに同乗した商人にチェンジしてもらった
・タンザニア側ゲートでキゴマ行きミニバスが待機している。13:50発(ブルンジ時間12:50)。乗客の半数はブジュンブラからの乗り継ぎ客。3000sh(米ドルで払うとイヤな顔をされた)。キゴマの駅から2km離れた国道沿いのミニバスターミナルに16:30着。
☆キゴマ
・コンゴやルワンダ、ブルンジを管轄する国連の拠点がある。難民キャンプもあるし、京都大学が関係しているゴリラの保護区もある。タンザニア北西部の中心都市だが、ダルエスサラームや首都ドドマへのアクセスは極めて悪い。外人が多い割には飛行機も鉄道も本数が少なくて予約が入らない。バスの場合、タボラやムワンザへ行ってから別のバスに乗り換えるのがベター。
・キゴマの安宿や商店は道路沿いのこの近くに密集。キゴマ駅前までは2km。
・駅前の両替屋は16:00で閉店。その真向かいの衣料店でも公定レートで両替してくれた。駅前の銀行ATMでVISAキャッシング可、NEW KIGOMA HOTEL 3000sh(シャワー共同 設備不良で断水中)
・見所はタンザニーカ湖側の漁港カトンガ。ミニバスで200sh
☆キゴマ→ダルエスサラーム
・キゴマ発のダル行き列車は火・木・日の18:00発、翌々日7:00にダル着というダイヤ。タボラでムワンザ発の基本編成と連結されて20両編成でダルへ向かう。ただ、機関車・線路の整備不良から10時間程度の遅延が常態化している。火ダル発12時間遅れ、木キゴマ発13時間遅れ、金ダル発20時間遅れ….って状態でした。私の列車も、ダル着は15時間ぐらい遅れて22時でした。
・1等も2等もキゴマでは2週間先まで予約で満杯。駅長持ちの裏枠も10日先までダメ。打開策としては、タボラまでの切符一等18500shを買い(比較的余裕あり)、タボラ到着後にムワンザ発編成にいる列車長と交渉しダルまでの切符を売ってもらう(タボラで確認すると車掌長は2等6人分の枠を持っていました)。それでもダメならタボラからダル行きのバスを探すというのも手です。
・食堂車も付いていて2000sh〜 途中駅で串焼きやタマゴ、パンなどの売り子が多数寄ってくる。停車中のコソ泥に注意。
・旅行人のここのスレを見ると、2月12日現在、ドドマ〜キゴマ・ムワンザ間しか動いていないらしい。
☆ダルエスサラーム
・ダルの宿 インド人街 サファリーインS10000sh ジャンボインS13000sh(共にHシャワー付き)、ホリデーインS8000sh 駅近くのポップインS4000sh(シャワー別)、インターナショナルS20000。23時ぐらいまで中級レストランやファーストフード店が開いていて賑やか。食事には困らない。
・ザンジバル行きのフェリーは11:30発が20ドル、12:30発が25ドル、高速船は5本35ドル(港湾税込み)。乗船〆切となる30分ちょっと前に行くと5ドルぐらい引いてくれることも。
潮の関係からかフェリーで6h(定時3.5h)、高速船で2h(1.5h)かかった。発時刻も30分前倒しに変更。要確認。
☆ザンジバル(@タンザニア)
・アフリカ大陸と離れているちょっと大きめの島。1963年にザンジバル王国としてイギリスから独立して国連にも加盟するが、一週間後にタンガニーカ、今のタンザニアに吸収されてしまった。かつてダウ船によるアラブとの交流が盛んな貿易拠点であり、今でもイスラムの色彩が濃い。
・最大の見所は、市街地中心部の旧市街。通称、ストーンタウン。石造りの建物で狭い路地が埋め尽くされ、世界遺産にも指定されている。ただ街をブラブラしているだけで十二分に楽しい。
・船が港に着いたとき、簡単な入国検査があるがパスポートにスタンプを押される程度。客引きがウザイ。
・ストーンタウンの宿 パールGH 10ドル→8ドル オススメはアネックスⅡGH 20ドル→10ドル(パールから南西に徒歩2分)。10月はオフかつラマダンなので各宿とも割引中。
・市場周辺と海岸沿いでは夕方以降、タコ50shやイカ100sh、ツナ200sh、ロブスター1500shなどをフライにして香辛料をまぶしたおつまみが屋台で売られる。店が数十軒並んでいる姿は壮観。ここもイスラムの街ではあるが、ラマダン時でもレストランは開いている。
African Train4:ザンビア・ジンバブエ編
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20070226/1172483061
Title:アフリカ縦断の旅(その3 ザンビア・ジンバブエ編)
Date:2007-02-26
かつてイギリスの植民地でローデシアと呼ばれていた両国です。
ジンバブエが独立したのは1980年とかなり最近になってからです。植民地政府が白人至上主義の施策を取っていて、本国からのコントロールもきかなくなっていて、なかなか自立できなかったわけです。ここ10年ほどは、ムガベ首相が白人所有の農場を収用した上に、露骨な敵視政策を展開。ヨーロッパ系の資本が逃げ出してしまい、国内政治は大混乱しています。インフレが凄まじく、2005年8月のレートは1ドル=30000ジンバブエドルだったのが、10月には90000ドルに。今はもっとメチャメチャになっているらしい。ただ、アフリカ南部最大の観光地ビクトリアフォールズを抱えており、観光客の数もかなり多い。日本から南アフリカ方面へ行くツアーもここだけは立ち寄ります。
タザラ鉄道
・タンザニアとザンビアを結ぶ鉄道。こちらは国営ではなく、両国の共同運行。中国の援助を受けて70年代に開通した。線路の枕木や待合室やあちこちに中華人民共和国の文字がある。ちなみに、線路の幅は1065mmでアフリカ南部各国と同じ。キゴマ方面へ行くタンザニア国鉄はケニアと同様1000mmなので乗り入れできない上に、組織も運行方針も駅の場所も発売所も別。
・ダル発カプリ・モシ(ザンビア)行きは火(キリマンジャロエクスプレス)と金(ムカバエクスプレス)の週2本。ダル15:50発→NEWカプリ・モプシ翌々日9:00。別に、ムベヤ止め普通は週に1本。意外にも終点まで定時運行、サービス・食堂車もgood
・ダルエスサラームにあるタザラ駅に直接行くか、電話予約。また、ザンジバルのRivermanHotelで予約(1000Sh)もできる。当日でも空きはあったが9割方埋まっていた。
・ダル・タザラ駅の二階待合室に両替屋あり。またムベヤから数人の両替屋がコンパートメントを回る。共にレートは市中よりやや悪い程度。
・食事は食堂車や駅の物売りに。ここでも停車中に車内へ入ってくるコソ泥に要注意。食堂車では両方の通貨を使えるが、ザンビアkwはややレートが悪かった
・国境の通関はやや手間取る。
ザンビア 1$=4400kw
☆カプリ・モプシ
・タンザン鉄道のザンビア側終着であるNEWカプリ・モプシ駅前では、9:30〜10:00にルサカ行きミニバスが発車。30000kw 2.5時間(故障で4.5時間かかった)
・ルサカ駅前8:00〜9:00ころにタザラ鉄道連絡のNEWカプリ・モプシ行きミニバスが発車
・NEWカプリ・モプシ発からダルエスサラーム行き列車は火・金15:10→翌々日9:00 1等180000kw(安すぎ?) 2等150000kw。ルサカ駅南側のタザラハウスで予約可能(〜17:00)。朝8〜10時にルサカ駅前からNEWカプリ・モプシ行きのミニバスが出る。
☆ルサカ(@ザンビア)
・駅の西側は平日だとそれなりに賑わっている。特にメインストリートのカイロ通り。ただ、日曜になると銀行も食堂もほとんど閉鎖でゴーストタウン状態。両替屋なし。闇両替は1ドル=5000kw。ATMは稼働している。
・チキン&ポテトの食事が12000kw、ジュース2000kwなど東アフリカの物価の5割〜8割増程度・街の北東にあるChachacha GH ドミ8ドル(コンゴ大使館の近く kw払い可能だがレート悪)がとりあえず人気。バーが夜中ま営業しているのでレセプト隣のドミは騒音に悩まされる。別棟のドミを薦める。
・駅隣のバスターミナルよりダルエスサラームやハラレ、ハボロネ行きの国際バスあり。
・鉄道は3等16500kwのみ ルサカ火・木・土5:00発→リビングストーン16:00。リビング月・水・金22:00発→ルサカ16:32着。また、ザイール国境近くのキトウェ行きの便はルサカを火・木・土18:02に発車。ただ機関車と線路の状態が極端に悪い。私が乗車しようとした日は突然運休。他の日でも同様の状況らしい。
☆リビングストーン
・ルサカ駅隣のバスターミナルから複数社が計十本以上運転(6:00〜)、5.5h、45000〜65000kw(途中のトイレ休憩中、鞄からデジカメを盗られてしまいました。60ヶ国目で初の盗難。無念)
・リビングストーンの街は小さく、中心交差点近くのバスターミナルから1kmぐらいで各宿には行ける。Jolly Boys Backpackers 大部屋ドミ6ドル(博物館の裏手に移転) ビク滝・国境への送迎は無料で毎日10:00発
・ビク滝 入場料10ドル 市内よりミニバス3000kw、タクシー20000kw。乾期である10月は極端に水量が減るため、ザンビア側のビク滝では全く水が流れ落ちていない。まるでグランドキャニオンのような状態で観光客はみんな唖然としていた。観光には最低の時期らしい
・ラフティング110ドル(半日85ドル)、ビクトリアフォールズ橋梁からのバンジージャンプ90ドル、サンセットクルーズ30ドル、ヘリ90ドルなど。ジンバブエ側の方で申し込んだ方がセット料金になっていてオトク
ジンバブエ 1$=闇80000z$(ビク滝付近)
☆ビクトリアフォールズ
・宿の無料送迎ピックアップでビクトリアフォールズ橋梁まで運んでもらってザンビアイミグレへ。ここからジンバブエイミグレまで1km。ビザは10ドルで即時。そこから市街地まで1km。
・Shoesstrings GH ドミ8ドル、ビクトリアフォールズキャンプ ドミ7ドル 前者のバーは夜中3:00まで営業、騒がしい。
・宿や中高級レストラン、旅行会社は米ドルでの支払いを要請。闇両替は一部の宿や旅行会社などで行っていた。レートは何カ所かで聞いた方がいい。65000〜90000Z$まで言い値はバラバラだった。
・さすが南部アフリカで有数の観光地だけあっても南ア系のスーパーがあったり、イイ品物が揃う服屋やカメラ屋、土産物屋なども揃っている。
・ビク滝 ジンバブエ側は入場料20ドル。乾期だったのでRainbow Fallsよりザンビア側の滝のほとんどは干上がっていた。
・各旅行会社ともいろいろアクティビティーを用意しているが、このうちSafari Par Excelenceなど2社が145ドルのセットプランを売りにしている。サンセットクルーズ+アクティビティー2種(バンジー、ラフティング、ヘリ、オートジャイロ、カヌー、象乗り、ライオンと記念撮影……から選択)。ほかに3〜4種選べるプランもあり。入場料など一部別払いもあり。ただ、各社とも米ドル現金のみでZ$やカードは使えない。それでも、ザンビア側で予約するよりは3割ぐらいは安かった。
☆ブラワヨ
・ビク滝発ブラワヨ行き列車は毎日19:00発、翌日8:00着。たまに運休されることもあるらしい。
・ブラワヨ発ビク滝行きは20:00発→8:00着、ハラレ行きも毎日19:00発→8:05着。共に1等446,000Z$、2等288,240Z$。ピークの金・日発はこの2割増になる(10/17に大幅値上げ)
・ブラワヨ駅の裏にある鉄道博物館はオススメ
・宿は、駅から東へ2kmほどのBackpacker Paradice 10ドル(公園の南東、「ロンプラ」記載のPackers Restが改称)。設備はいいがかなり高め。
・「旅行人ノート」オススメの自然史博物館は10ドルに(現地住民は25000Z$=0.3ドル)
African Train5:アフリカ東部/南部の蒸気機関車
URL:https://katamachi.hatenablog.com/entry/20071023/1193230078
Title:アフリカ東部と南部を今でも走る蒸気機関車
Date:2007-10-23
2005年9月から11月にかけての2ヶ月間、アフリカの東部から南部にかけて旅行してきました。アフリカを旅する人間がリビングストンの時代から夢見てきた「Cape to Cairo」……すなわちケープタウンからカイロまでの旅をしたかったのですが、時間の都合でエジプトとスーダン、エチオピアは割愛しました。訪問したのは9ヶ国。このうち鉄道に乗車できたのは、ケニア、タンザニア、ザンビア、ジンバブエ、ボツワナ、南アフリカの計6ヶ国7500kmの鉄道でした。
さて、現在、アフリカで蒸気機関車が稼働しているのは以下の4ヶ国です。うち、ケニアとザンビアは年に数回運転される観光列車用の運転が中心だった。一方、南アフリカでは超豪華列車の牽引をヨハネスブルグ周辺で行っているほか、最南端のジョージ(ナイズナー)付近で週3回、客車列車の運転を担当している。
【ケニア】5918号(ガーラット)と3020号(テンダ機)
共にナイロビ鉄道博物館所有の動態保存機で、主にeast africa steam safaris ltd http://www.internationalsteam.co.uk/cd/safari.htmという国有鉄道系会社がアレンジしたチャーター列車の牽引機として活躍している。2005年9月12〜13日には5918号牽引の「 the lunatic express」がナイロビ〜モンバサ間で運行されていた。現地到着後、この列車の存在を知りエントリーしようとしたものの費用が500ドル近いということ、そしてすでに満員になっていたこともあって断念した。こうしたイベントは年に一回程度あるようで、2006年9月にはタンザニアまで遠征するツアーも企画されていた。
僕がケニア北部のキスムで見かけたのは3020号。こちらの牽引列車も年に2〜3回運転されている。主にヨーロッパの鉄道マニアたちのフォトランに使っているらしい。で、運営会社のスタッフに誘われて体験乗車することができました。もちろんいっぱい走行写真を撮ることもできたのですが、諸事情によりupできません(>_<)
【ザンビア】156号(10th class 1922年製テンダ機)
同国唯一の動態保存機。通常はザンビア西部のリビングストン(国内最大の観光都市)にある鉄道博物館で眠っているが、年に数回、地元リゾートホテル主催で運転される「Victoria Falls Safari Express」http://www.safpar.com/safari_express.htmの牽引機としてビクトリアフォールズ橋梁(現在、ジンバブエとの国境になっている)とホテルの間10kmを走っているそうだ。現地の旅行会社で参加者の募集をかけているのを見ると運転は月に1〜2回ぐらいの頻度らしい。写真は博物館の屋根付き車庫で休んでいる156号。ボディーはかなりピカピカに磨かれていた。

【ジンバブエ】525号(ガーラット)ほか
明日報告するつもりですが、ブラワヨ付近でガーラット機関車が動いています。添付写真の機関車のほかにも何台か稼働機があるようだが台数までは確認できなかった。ブラワヨ駅構内の入換、観光列車の牽引(国内の特別列車。そして後述のようにごくたまに南アからビクトリアフォールズにやってくる団体列車)が主な仕事となっている。経済混乱で一時期ほどSL牽引の団体列車は運転されていないと聞いたが、2005年9月9〜12日には、アフリカ植民史のエポックメーキングでもあったビクトリアフォールズ橋梁の開通百周年記念行事で活躍していたとか。また、下記の東奥日報HPの記事によると、
経済状況の悪化でガソリンやディーゼルなどの燃料が極度に不足しているアフリカ南東部のジンバブエはこのほど、ディーゼル機関車の代役として、既に引退していた蒸気機関車(SL)を約十一年ぶりに“現役復帰”させることを決めた。燃料不足でSL復活へ/ジンバブエ、11年ぶり東奥日報、2005年11月1日
とある。
ジンバブエ国鉄は1994年に蒸気機関車を全廃(特別列車牽引用のぞく)
専制政治を起因とする2000年以降の経済混乱と外貨不足でディーゼル燃料や保守に必要な部品が買えない。「(首都の)ハラレで列車が走っているのを見た記憶がない」(これはおかしい。は2005年に行ったときは、ビクトリアフォールズ・ハラレ〜ブラワヨ間で週に6日間運転。週に1本ほど欠便があったけど、意外にも定刻ダイヤ+2時間遅れぐらいで走っていた)
国内に石炭は豊富。第二の都市ブラワヨの車庫に保管するSL十両を8万ドル(約1000万円)かけて補修することになった。2005年末までに5両、2006年末までにさらに5両を現役復帰。観光・貨物・通勤用に使用
ということで、現に、この報道がなされた前月の2005年10月にはブラワヨ駅構内の貨物入替作業にガーラット形機関車が従事していた。


【南アフリカ その1】24th class
南アフリカではガーラット型機関車が1台稼働しており、主に、ヨハネスブルグとケープタウンを結ぶ本線区間の一部で「ロボス・レイルROVOS rail」http://www.rovos.co.za/ 、「デザートエキスプレス」などの列車を牽引しています。月に3、4回ぐらいのペースらしい。2006年11月に新婚旅行で「ロボス・レイル」に乗った知人によると、きちんと煙をはいて走っていたらしい。
ところで、「ブルートレイン」という世界で最も豪華な列車が南アフリカで走っている」というのは日本の鉄道マニアなら誰でも知っていることで日本の団体ツアーの方たちも利用したりしていますが、ここ数年、上で挙げた「ロボス・レイル」など超超豪華列車が出現しています。旅行会社が団体列車としてチャーターしながら、ケープタウンを起点としてアフリカ南部の観光都市を列車単位で結びながら旅するツアー用に使われています。そのためか相対的にブルートレインの立場は低くなっているようです。
そのうちカジュアルタイプである「shongololo express」とジンバブエのビクトリアフォールズ駅で出くわし、マニアの襲来を歓迎してくれたスタッフに車内も案内してもらいました。寝台車10両+食堂車2両+ラウンジカー1両+スタッフ用の2等車2両+乗客が現地移動するための専用車を載せたカートレイン4両…..とりあえず別世界でした。周辺の市街地が停電で真っ暗になっている中、駅の側線に停まっている電源車付きの豪華列車だけは明かりを灯している……羨ましいというかなんというか不思議な光景でした。なんともはや「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」なんかとは比較にならないほどの華やかさ、豪華さでした。
タンザニアとケープタウンの間5ヶ国7000kmを14日間(5000$→私のこの区間の旅費は500$なのに!!)かけてタンザニア・ダルエスサラームまで行く列車もあります。
参考→13泊14日間7189km、片道110万円の豪華列車の旅
【南アフリカ その2】19th class
Outeniqua Choo-Tjoe train(ちゅーちゅー とれいん) http://www.onlinesources.co.za/chootjoe/
以前、南アフリカ南部のナイズナーKnysnaとジョージGeorgeを結ぶ60kmの支線でCho-tjoe trainと呼ばれる蒸気機関車牽引列車が毎日運転(除く日曜)されていた。ナイズナーが南ア有数のリゾート地であるため観光客の利用が多い。ただ、前述のように、2005年*1にkaaimans橋梁(同線随一の撮影名所)付近で路盤の崩落事故があり、私の行った2005年10月ではナイズナー→wildness間53km、しかも牽引機はDLに変更されていた。
2005年12月末に復旧する……と当時は聞いていたのだけど、2007年10月現在、まだ開通はしていないらしい。事故現場の写真を見ている限り、風光明媚な撮影名所であった地点はめちゃくちゃになっていた。築堤や橋梁を造り直すのはかなり大変だろうとは当時でも思っていた。
2006年11月から、路線の東側のジョージを起点として蒸気機関車の運転を再開。2007年現在、動いているのは、モーゼルペイMossel Bay 〜ジョージGeorge間のみで、週に3、4回の運転らしい。

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